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釧路地方裁判所 平成2年(ワ)119号 判決 1991年12月25日

原告

柴田正稔

柴田トモ

右両名訴訟代理人弁護士

塚田渥

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

右訴訟代理人弁護士

向井諭

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告両名に対し、各二五〇万円及びこれに対する平成二年六月一二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実等

1  柴田辰之(以下「亡辰之」という。)は以下の交通事故により平成元年四月八日に死亡した。

(一) 発生日時 平成元年四月八日午後八時一〇分ころ

(二) 発生場所 埼玉県行田市大字須加二九七五

(三) 事故車両 普通貨物自動車(登録番号 群馬一一わ五六八)

(四) 事故の態様 三分一智則が右事故車両を運転して右発生場所に差しかかった際、不注意により同車両を路外に逸脱転倒せしめ、よって右事故車両の助手席に搭乗していた亡辰之を死亡させた

2  カナモト株式会社(以下「カナモト」という。)は右事故車両(以下「本件事故車両」という。)を所有するものであるが、本件事故発生より以前に被告との間で、本件事故車両を被保険自動車として、本件事故発生日を保険期間に内包し、搭乗者傷害にかかる保険金額を一名につき五〇〇万円とする自家用自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。

3  本件保険契約には、右搭乗者傷害について、「保険会社は、被保険者が、被保険自動車の使用について、正当な権利を有する者の承諾を得ないで被保険自動車に搭乗中に生じた傷害については、保険金を支払わない。」旨の免責条項(以下「本件免責条項」という。)の定めがある。

4  原告らは亡辰之の親であって、亡辰之の地位をそれぞれ二分一の割合で相続により承継した(<書証番号略>)。

二本件の争点

被告は本件免責条項により免責を受け得るか否か、すなわち、亡辰之の死亡は「正当な権利を有する者の承諾を得ないで被保険自動車に搭乗中に生じた」ものか否か

第三争点に対する判断

一証拠によると以下の事実が認められる。

1  山口実は、土木作業員を集めてその代表となり冬期間釧路市から本州方面に出稼ぎに出ては土木建設会社の下請けとなって道路、河川等の土木建設工事に従事していたものであるが、平成元年一月には、常用している作業員四、五名のほかに佐々木某が連れてきた者等を加えて総勢一四、五名の作業員の一団を形成してその代表となり、埼玉県行田市において、山口が単独で工事の予算見積もりを作成して元請けである大澤建設株式会社(以下「大澤建設」という。)の担当者と折衝し、大澤建設との間で揚水機場改修のための道路工事を山口が取りまとめている右作業員の一団(この一団を大澤建設では山口班ないし山口グループとして把握していた。)が下請けすることの合意をなし、早速右作業員とともに右工事に取り掛かった(<書証番号略>、証人山口実、同渋谷憲夫)。

2  大澤建設からの下請代金の支払いは毎月ごとに工事の出来高に応じた金額が山口実名義の銀行口座に振り込まれる形で行われており(ただし後述のレンタル代金は控除されて払い込まれる。)、山口は、払い込まれた金額から工事にかかる必要経費等を差し引いてから、作業員各人の経験年数、作業能力等についての自らの評価に基づいてあらかじめ決めておいた各作業員ごとの一定の日当額を基準に各作業員の毎月の取り分を計算しこれから食費等の経費を控除した金額を、給与支払明細書を添えて作業員一人一人に分配し、残りを自分の収入としていた(<書証番号略>証人山口実、同渋谷憲夫)。

3  山口は、工事現場においては作業方法、安全管理の面での責任者的立場にあって、日々の仕事の段取りを決めては各作業員の分担内容を決めるなど山口班の行う作業全般を統括していたものであり、三分一智則及び亡辰之は佐々木に率いられて山口班に加わったものにすぎず、現場においては山口の補佐役的立場にあった佐々木の指示の下で右工事作業に従事していた(証人山口実、同渋谷憲夫)。

4  山口は、現場における建設機械、運搬用車両等はすべてレンタルで賄うこととし、自身が単独で建設機械資材のレンタルを業とするカナモトの館林営業所の担当員と交渉したが、同社からは登録業者しか貸出はしていないとしていったんは断られたものの、同時に大澤建設は登録業者なのでその了解があれば大澤建設との取引として貸出できることを聞き及んだことから、大澤建設にカナモトから建設機械等を借り入れることについての名義の借用を申し入れてその了解を得、ふたたびカナモトと交渉して、大澤建設への貸出ということで道路掘削機械等とともに資材運搬のため本件事故車両(いわゆる四トンダンプカー)を借り受けることとなった(証人井下博道、同山口実、同渋谷憲夫)。

5  カナモトから実際に本件事故車両の引き渡しを受けたのは山口であり、大澤建設は山口が本件事故車両をそのまま山口が自分の請け負う工事現場において使用することを承諾していたばかりでなく、本件事故車両の管理をもすべて山口に任せていた。また、カナモトとの間でのレンタル料金は、大澤建設を借主とする取引単価で決定され、大澤建設が毎月山口に支払うことになる下請け代金の中からあらかじめ控除してこれをカナモトに支払っていた。カナモトは山口が大澤建設の下請けの責任者という認識であって実際に本件事故車両を業務上使用するのは山口であることは認識しつつ本件事故車両を貸出した(<書証番号略>、証人井下博道、同山口実、同渋谷憲夫)。

6  山口は、本件事故車両の鍵を自己所有のワゴン車の鍵等とともに山口班の宿舎横の事務所の壁に掛けて保管していたが、各作業員に対しては、本件事故車両の使用を業務上の場合に限定し、しかも運転する者は重機のオペレーターである作業員二名に指定していて(それ以外の者は山口ないし佐々木の指示があるときに運転するにすぎなかった。)、業務外で自動車を使用する場合には山口及び佐々木がそれぞれ持ち込んでいた個人所有の二台のワゴン車をそのつど山口らの承諾を得て使うよういい渡していた(証人山口実)。

7  山口班では平成元年四月八日は仕事を早く切り上げて午後三時ころから花見と称して班員のほぼ全員が宿舎に集まって酒を飲みはじめ午後七時ころにはお開きとなったが、午後七時四〇分ころになって作業員の一人である菅原が宿舎近くで交通事故を起こして負傷して病院に運ばれたとの連絡が宿舎にはいり、これを聞き付けて急遽二次会から宿舎に戻ってきた作業員の三分一、亡辰之、佐々木、森谷は相当に飲酒していたにもかかわらず菅原のいる病院に行くとして山口のワゴン車に乗り込もうとしたので、先の連絡のために右宿舎に来ていた大澤建設の大澤文男土木部長、大澤武雄会長及び山口らが懸命に運転して乗り出すことを制止したが、佐々木らは運転していくとして聞き入れなかったが、山口がワゴン車の鍵を抜いて付近の畑の中に投げ捨てたこともあって、佐々木らは運転しないことは了承するということでその場は一応収まったが、山口、佐々木及び森谷が大澤文男らの運転する自動車に分乗して宿舎から病院に向かって出発した後、三分一と亡辰之は宿舎横の事務所の壁に掛けてあった本件事故車両の鍵を持ち出して、宿舎前の駐車場におかれていた本件事故車両の運転席及び助手席にそれぞれ乗り込み、三分一は無免許で酒に酔った状態にあるにもかかわらず、菅原のいる病院に行こうとして出発したが、約一キロメートル進んだところで、本件事故となった(<書証番号略>、証人大澤文男)。

二本件免責条項は、被保険者の範囲を、保険契約の当事者が、保険契約締結当時において、通常の被保険自動車の使用に伴う搭乗者であると予定ししかもその者に生じた損害を保険によって填補するのが相当と思料されるところの、記名被保険者及びこれに準ずる正当な使用権限者の運転する場合におけるそれらの者の承諾を得た搭乗者に限定しようという趣旨で定められたものと解すべきであるから、前記免責条項にいう「正当な権利を有する者」とは、一般的には賠償保険の記名被保険者に相当する者(記名被保険者・名義被貸与者)をいうものと解するのが相当であり、したがって、被保険自動車の運転者から承諾を得ての搭乗者であっても、その運転者が記名被保険者に相当する者でないときにはその搭乗者に生じた傷害については保険会社は保険金の支払いを免れるものというべきである。

そして、記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を運転する者も記名被保険者に相当する者であるというべきであるが、自動車は何人にも使用される可能性があるという特質を有することに鑑みれば、ここにいう「承認」については、これを厳格に解すべきものではなく、記名被保険者とその被保険自動車の運転者との関係を考慮して、黙示的な承認があったとされる場合もこれに含まれるものと解するのが相当である。

三これを本件についてみるに、先の事実によれば、本件事故車両については、保険契約者であり記名被保険者であるカナモトは業務上の使用ということでこれを大澤建設に貸し出し、大澤建設は山口班が業務上使用するものとしてさらにこれを山口個人に無償で転貸したというべきであり、かつ、カナモトは、山口から同人が大澤建設の下請業者であることを聞いていて、山口自身ないしは山口の具体的な指揮下にある者が業務上本件事故車両を使用することについては黙示の承認を与えていたというべきであるから、本件事故車両についての「正当な権利を有する者」としては山口はこれに該当する者というべきである。

ところで先の事実によれば、三分一は、山口から業務外での本件事故車両の無断使用は禁じられていたにもかかわらず、無免許で酒に酔った状態のまま山口に無断で本件事故車両を運転したというのであるから、この点において「正当な権利を有する者の承諾を得ないで」本件事故車両を運転した者というべきである。

また、先の事実によれば、三分一は、山口に雇われていたにすぎないというべき者であって、大澤建設との関係において山口と対等の立場にあって同人と同様の法律関係を形成していた者でもなく、カナモトは三分一が本件事故車両を運転することについて承認していないというべきであるから、原告らが主張するごとく三分一自身が「正当な権利を有する者」であると解することはできないというべきである。

してみれば、亡辰之は三分一の承諾があって本件事故車両に搭乗した者ではあるが、その死亡は「正当な権利を有する者の承諾を得ないで被保険自動車に搭乗中に生じた」ものというべく、亡辰之に生じた傷害については保険会社は保険金の支払いを免れるものというべきである。

四よって、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとする。

(裁判官齋藤大巳)

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